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	<title>Weblog 黙思口吟</title>
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		<title>「ボクナリスト」というサイトを始めました。</title>
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		<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 17:15:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[想念]]></category>

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		<description><![CDATA[なにか頭のなかでずっとモヤモヤさせてたものを、形にしようとすることがこんなにも辛いものだとは、想像すらしませんでした。しかしようやく形になりました。 形に出来たことを期に、そのモヤモヤ考えてきた軌跡をつらつらと書かせていただきます。 かつて僕は、あまり深く人と向き合おうとしていなかった、という自責の念があります。 たとえば家族。 うちは父方の祖父と祖母が別居していて、祖父とは同じ屋根の下で暮らしたことはありません。 そんなことも別にどうとも思わないくらい、親は平和な家庭を築いてくれ、僕はぬくぬくと育ってきました。 しかし僕も大人になり、一人暮らしを始めた３年前。家の側に、その祖父の家があるのを発見したのです。 その祖父の家には実際には誰も住んでおらず、でもたまにその家の前にたまたま居た祖父とばったり出くわしたりしました。 どこか余所余所しい感じは否めないですが元気に挨拶したりしているうちに、僕はどんどん祖父のことが気になり始めたのです。 おじいちゃんはいったい、どんな人生を歩んできたのだろう。 そんな思いが募ったとき、僕は祖父に「インタビューをさせて欲しい」といった手紙を書きました。 切手も貼らずに、直接郵便受けに入れて、祖父から返事が来るのを待とうと。 なにか新しいことが起きそうだ！とワクワクしていました。 その二日後に、母方の祖母が家で一人で亡くなっているのが発見されました。 今年の１月のことです。 どこか僕は、日常がずっと続くものだと勘違いしています。 しかし時は確実に経ていき、失われるものは失われるのです。 祖母が亡くなる前の１年間で、僕が祖母と会話をしたのは、 きっと一時間にもならないんじゃないかと思います。 僕は、人とちゃんと向き合って生きているのだろうか。 ただただ過ぎ去る時間と人に翻弄されて、大事なものを見失ってないだろうか。 そんなことを考えることが多くなりました。 結局は、完璧に時間を作り、身の回りの人やものを大事にして生きることは、不器用な僕にはできっこないなと、うっすら分かり始めていたのですが、 それでも、少しでも物事を大事に捉えたい、という気持ちが日に日に強くなりました。 そんななかで起きた3月11日、東日本大震災。 ものすごい数値の死者数を前に、僕はあまりに自分が人の命のことを有象無象に捉えていることが嫌になり、実際に東北へ行って起きていることをリアルに感じてこなければ、と思いました。 そして３度ボランティアとして石巻やいわき市へ赴きました。 今思うと、この行動が少しだけ僕を変えさせてくれたのだと思います。 頭で色々うだうだ考えてないで、行動を起こせば何かが変わっていくし、間違っていれば動きながら軌道修正すれば良いんだ、ということです。 そこから一気に、モヤモヤ考えていた「人とちゃんと向き合えているだろうか」という問いに答える「何か」を形にしようと思い始めました。 ちょうどその頃に、友人のブログにこんな言葉がありました。 若い頃の自分とは違って、ある程度ちゃんと自分の好きなものが選べるようになってきた今だからこそ、 やらなければならないことがあると思う。 そう、もう気持ちは決まっていたのです。あとは行動のみ。 それから一気に、人と向き合うことを大事にしたメッセージ性のあるものを制作しようと構想を続けました。 それは、祖父へ何気なくお願いした「インタビューさせて欲しい」へ帰着しました。 身近な人にインタビューをして、その人たちの面白さや美しさや格好良さを文字として表現する。 そんな活動を、色んな人がやり始めたら面白いんじゃないか。 人と人が、予定を合わせて、膝を突き合わせ、時間をかけて用意した質問をもとに、どこかぎこちない空気の中一生懸命相手を知ろうとする。 そんな、日常に「インタビュー」という歪なコミュニケーションを取り込んでみようと訴えるサイトを、10月30日公開しました。 人ひとりひとりの生き方があることを象徴したくて、 その人なりの生き方を全うしている方々を指し示す造語 「ボクナリスト」という名前のサイトです。 だらだらと書いてしまいましたが、 何故自分がこれをやっているのかというおさらいを勝手にしていました。 インタビュー記事第一回目は、吉祥寺に住み始めて出会ったダンサー陽茂弥さんです。 まだまだコンテンツの量は少ないですが、 すこしずつ色んな方向へ活動を展開していけたら楽しいかな、と思っています。 本当に長くなりましたが、 是非お時間があればたまに覗きにきてください。 「ボクナリスト」。よろしくお願いいたします。 http://bokunarist.com/<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=339&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>なんてことない夢のおはなし</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Jun 2011 17:50:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[想念]]></category>

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		<description><![CDATA[ゲームセンターで遊んでいるだけだった。 目の前には大きな画面。 暗い洞窟で、どこからいつ飛び出るかも分からない敵に怯えながら、先に進んでいく。 ゲームが苦手なボクに、こんなゲームが出来るわけが無いのだ。 狭く閉じられたゲームボックスの中で遊ぶのが怖くてたまらなく、 ボクはボックスから出た。 ボックスの外からゲームの画面を見ると、 なんてことはない さっきあんな怖かった世界が、 ひとつの画面のなかで作り出されているだけなのである。 「なーんだ、やっぱりなー。なーんだ。なーんだ。」 ボクの体は宙を浮かび、ゆっくりと、鯨が泳ぐように空中を漂った。 ゲームセンターにいたはずなのだが、 漂っているうちに誰かの家の中に迷い込んだようだった。 これは夢だ、と気づきながら、ゆっくりと夢の世界を漂う。 家の中を漂っていると、螺旋状で木の板で作られた階段が目の前に現れる。 家族が右から登ってきたので、なぜか慌てて階段の板の下につかまり隠れようとする。 階段の板につかまると、まるでダリの絵のように 木の板がボクの体重でビローンと伸びて垂れた。 慌てて板を掴むのを止め、 空中を漂いながらこっそり家族の顔を覗く。 お父さんの顔は、はじめのっぺらぼうだった。 のっぺらぼうであることは、ボクも分かっていた。 「そうそう、こんな眼をしていて、こんな鼻で、こんな口だ」 そんな事を思い描くと、のっぺらぼうのお父さんの顔に いつもの顔が浮き上がってくる。 木の螺旋の階段を、 お父さんの後ろに、お母さんとお姉ちゃんがついてくる。 みんなボクと言葉を交わさないし、 ボクがここにいることに気づいていない。 ボクがここで空中に漂っていることに気づいていない。 みんなを追いかけて外に出ても、 みんなは下を見ながら、涙を流すばかりなのだ。 待ってほしくても、どんどん家族はゲートの方へ歩いて行ってしまう。 ゲートの前で堪らず、 お父さんの肩を掴んで、引き返そうとすると お父さんは泣きそうな顔をして 「ありがとう。もういいんだよ。大丈夫。」 と優しい顔を取り戻そうとして、笑顔を作った。 「大丈夫。もういいよ。そう、あの饅頭おいしかった。」 そういうと、本当の笑顔が現れて、ボクはホッとした。 ホッとしたら、ボクにも笑顔が戻った。 二人に笑顔が戻ったら、 いまだ、というタイミングでお父さんは 背を向けて帰っていってしまう。 なにを言っても喚いても、ボクの声は誰にも届かず。 その場所から、家族が帰っていく世界に ボクだけは漂っていくことが出来ない。 涙が止まらないまま、 鯨が大きな海を潜り抜けるように振り返って、 ボクは今きた道へ引き返していった。 ======================================= という、なんとも意味不明な夢を見ました。 この30分程度の間に。 なんか久々に夢を鮮明に覚えていたので、 [...]<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=330&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>石巻で一日災害支援ボランティアをして分かったこと。</title>
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		<pubDate>Mon, 16 May 2011 15:46:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[休日]]></category>

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		<description><![CDATA[もともとGW中での参加を検討していましたが、GW後のボランティア数減少が懸念されていたのでGW一週間後である先週末行ってきました。 僕が参加したのは、東京タワー1Fに本部を置くアースデイ東京タワーという団体が企画する週末ボランティア。 金曜仕事を終わらせて、そのまま集合場所である東京タワーへ。 21時から説明を受け、22時にはバスに乗り東京を出発。 深夜バスは久しぶりで、延々と続く水田に月が映る風景をぼんやりと眺めながら、気づいたら眠りこけておりました。 基盤災害支援の用途であれば高速料金が無料になる制度があるらしいのですが、申請方法が逐一変更されるために、団体側も高速道路の料金所の方も一瞬戸惑い、手間取る場面もありました。 NEXCO東日本のサイトに「災害派遣等従事車両の通行方法について」として情報が開示されています。しかしこうした免除は、個人の支援活動に対しての適用が難しいようです。 朝6時頃、石巻専修大学に到着。ここは高台なので津波の影響はなく、地震の影響も外見では見受けられませんでした。とても優雅で素敵な校舎・キャンパスです。 東京から乗ってきたこのバス。見た目は普通のバスと同じですが、燃料に廃食油（使い終わった天ぷら油など）を使用して走っています。廃食油をそのまま使用できるわけではないのですが、精製してBDFという「植物性ディーゼル燃料」に変えて軽油の代わりに使用できるとのことです。 もともとリボーンという団体が、このBDFで走らせるバスを「天ぷら油バス」と名づけ、いわゆる「エコ」関連の活動をしている人々・団体・土地(ざくっとした愚直な説明ですみません)を訪れるツアーを企画しています。 今回参加した週末ボランティアという企画は、アースデイ東京タワー単体で企画されているわけではなく、リボーンを含め多くのNPO・団体と連携して復興支援をしているようです。 また余談ですが、杉並にある「いたるセンター」という社会福祉法人で、知的障害の方々がBDFへの精製を行えるように調整している、というお話も伺いました。 石巻ではまだ桜が咲いていました。 この石巻専修大学は、石巻でボランティア活動をしている方々のベースキャンプになっており、キャンパスのグランドにはテントが多く張られています。 南堺生活センターという地元の公民館に家賃を払い、ここを拠点にアースデイ東京タワーは石巻でのボランティアを行っています。 報道されている通り、市街地へ入るとまだ片付けきれていない瓦礫の山が多くそのままの状態で残っていました。これでも震災直後と比べると大分片付いているんだそうです。 石巻市立湊小学校では、避難所として石巻市民の方々が生活をしています。 今回参加した週末ボランティアに割り振られた仕事は２つ。 ひとつは、瓦礫の中から自衛隊やボランティアの方々が見つけ出した写真を洗浄して、持ち主のもとへ返却できる状態に再生する作業。 もうひとつは、小学校の裏にあるお寺の墓地に体積している泥かき作業でした。 僕はお寺の墓地の泥かき作業に参加しました。 墓地には、津波で流された車が約10台ほどが墓石の上で折り重なっていました。 「非現実的」と感じる方も多くいたようですが、僕はこの目の前の光景をみて、この土地で起きている現実をただただ受け入れるしかありませんでした。 お寺の中はひと通り片付いていました。 住職さんのお父様は、震災後の津波により居間で亡くなったという話を聞きました。 海岸にある工場から流された冷蔵庫などが、この本堂に突っ込まれていたそうです。 床下には石灰のようなものが撒かれていました。 石灰や重曹は臭いを消すので、ヘドロの臭いを防ぐために撒くようにしているのだと思います。 山門の左側の部分は、そのまままるごと墓地の方向へ流されていました。 山門の中に入っていた年輪を3人がかりで移動。 泥かきというのは、このように積もったヘドロを写真のようにスコップですくい上げ、土嚢入れに入れては集積場所に運ぶ、という作業の繰り返しです。 10時頃から15時まで、定期的に休憩を挟みながら泥かきを続けました。 若い人も、自分の父親くらいの年齢の方も、みんなひたすらヘドロを集めては土嚢入れを運ぶ。 なかなかの力仕事ですので、13時を過ぎたあたりからだんだん口数も少なくなり、ただひたすら作業を続けていました。 でも、同じことを同じ意志で行っている空間には、不思議なことに強い一体感が生まれます。 作業を重ねるごとに、お互いがちょっとずつ打ち解けていく感覚が、とても印象に残っています。 15時に作業を終え、住職さんにお寺のお話を伺いました。 この写真の「大慈堂」は、本堂よりも少し高い位置にあるのですが、津波が床ギリギリで浸水せずに済んだそうです。 僅かな時間でしたが、作業が完了したあとはバスへ乗り込み、東京へ向かいます。 震災後から、多くの人と同じように「何かできることはないだろうか？」と考えて手段を調べていたものの、なかなか行動を起こせませんでした。 もし私たちが被災地に赴けば、自覚はなくとも誰かのものを奪うことになるのです。 もちろん、自分たちが被災地で何らかのものを奪う以上のものを与えることができるのであれば、行く意味もあるでしょう。でも、何ができるか具体的に分からないのであれば、勇み足で出かけていくよりもまず、日常の自分の居場所からできることを考えてみることが肝心ではないでしょうか。 http://www.higan.net/navi/2011/03/post-672.html 震災直後にこのような記事を読んで、ボランティアへ行くことがどれだけ役に立てるのかが分からなかったし、役に立てるタイミングも掴めないでいました。 長期のボランティアでないと意味がないのではないか、短期のボランティアはただの物見遊山に思われてしまうのではないか、など様々な思いがありました。 しかし、実際に被災地へ行って清掃の手伝いをして感じたことは、「たった1〜2日だとしても人手を必要としている場所はある」という事実でした。 たしかに、10〜20名が半日作業しても、墓地のほんの一部分の清掃しかできないくらいなので「微力」ではあります。 けれど、これまで墓石で塞がれていた通り道を通りやすくすることができたし、ヘドロで滑りやすかった場所も歩きやすいように変えることができた。 GW後はボランティアの数が激減したので、それまで進んでいた片付けが急に行き詰ってしまっている現実があります。 僕と同じように、モチベーションはあるけどタイミングを見失っている人がもしいれば、是非いま参加して欲しいと思います。 たしかに「役立ちたい」という気持ちが、次第に「善意の強要」になってしまうことは避けなければいけません。「せっかく行ったのに、思ったような作業ができなかった」と思ってしまうエゴは、必ず排除してください。 どんな作業でも、役に立たないことなどありません。 その行動は、直接でなくても、必ず誰かの気持ちを支えているのだと思います。 帰りのバスで、一ヶ月滞在していた美容師の方がこんなことを言っていました。 「自分が思っていたよりも、現地の方はみんな明るかった。」 [...]<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=319&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>高円寺反原発デモに参加して感じたこと。</title>
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		<pubDate>Wed, 13 Apr 2011 14:32:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[想念]]></category>
		<category><![CDATA[休日]]></category>

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		<description><![CDATA[デモに懐疑的でしたが、見てみないと分からんと思って行ってきました。 高円寺界隈のバンドマンたちがトラックの上で叫ぶ後ろを、ゾロゾロゾロと多くの人が列を作ります。 ただ批判することに情熱を注ぎ体力を消耗するより、具体的な代替案を提示できなければ何も解決にはならないだろう、と思ってました。 けれど表現の仕方は人それぞれ。ただ今の考えを人と共有して叫ぶことしかできない人も沢山いる。それで良いのかもな、と今日デモに参加して思った次第です。 あまりの騒々しさに、あちらこちらで足を止める人、写真を撮る人、ビルの上から様子を伺う人、「うるさいなぁ」と思った方や実際に迷惑を被った方も大勢いたことでしょう。 どちらかというと若い人が多く、次に外国の方や年配の方がぽつぽついらっしゃいました。子供はほとんどいませんでした。子供たちにはちょっと馴染めないような荒っぽい雰囲気だったと思います。 撮っている動画をその場でUSTREAM配信している人や、手持ちのiPhoneで写真を撮ってTwitterに投稿する人など、ただその場所でデモするだけでなく、そこから情報発信することこそが重要だと考える人が多かった印象を受けました。 なにか大騒ぎして国や企業のお偉い様方へメッセージを送る、とか「このままの状態が続くなら私たちはもっと騒ぎ迷惑をかけるぞ」という脅しのようなものが「デモ」の目的なのかなと思っていました。またこういったデモの背景に絡む様々な団体のことを否定的に捉える人も多いようです。 この高円寺のデモにはおよそ1万5000人の人が集まったと言われていますので、それぞれの人が考えていること感じていることは、細かく分けると結局バラバラでしょう。 しかし、こうした行動の本質は、ここに集まった人・それを見かけた人・それを知った人が一日もしくは一分間でもこの話題に思いを巡らせたことにあると思います。 もちろん直接的な問題解決には至りません。 それは仕方ないことであり、そういうものだと思うのです。 だから、大事なのはこれから。 原発が僕らの生活の中で本当に必要なものなのか。無いと国の経済がどのように変化し、僕らの仕事にどう影響するのか。 アメリカのBloom Energy社のように様々なIT企業や国から融資を受けて燃料電池の開発に力を入れることはできないのか。それは有効的ではなのか。スウェーデンのように電力を自由化することはできないのか。国民の人口が多い日本では難しいのか。すこし前に話題になってたスマートグリッド計画ってどうなったの？ そうやって他の可能性について少しでも考えていくことが大事なのだと思います。 答えはない。この世の中に「矛盾なき正義」は存在しない。 だからこそ考えて、自分なりに出した「決意」に従って行動を起こすこと以外に方法はないのだなと。 なんだかボヤっとしてますが、それが僕が高円寺で感じた考えです。 現地の人からすると遅すぎると思われてしまうかもしれないし、やっぱり自分事になって初めて知ることばかりで不甲斐ない。ずっと何年も前から向きあってきた方々へ、いままでの自分の無関心さを懺悔しながらすこしでもより自分事として考えられるよう、現状とこれからの可能性について知識を積み重ねていきたいと思います。 最後に、半日間騒々しく叫んだり、ノロノロ歩いたりする行列を、比較的優しい言葉遣いで誘導してくださった警察の方々、色々配慮していただきありがとうございました。 他の写真：http://www.flickr.com/photos/yuichirofuji/sets/72157626354576343/<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=301&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>原発問題「デモ」に「でもね」を。</title>
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		<pubDate>Sun, 10 Apr 2011 00:32:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[想念]]></category>

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		<description><![CDATA[六ヶ所村ラプソディー 「漏れます」「漏れません」「地元の人が自分のことと思ってくれない」 「仕事がねーんだもん」「命のほうがずっとずっと大事」 作ろうとしたひとも反対したひとも、未来のことなぞ分からんから、自分なりに答えを作り上げるしかなかったんだろうな。 建設中の幾度と重なるトラブルで、当初の建設予定費用7600億円が、2011年2月には2兆1930億円と約2.8倍以上にも膨らんでたことは、僕は今日まで知らなかったし他人ごとでした。 福島以外でも問題が起きていて非常用発電機で冷却を続けている現実を思うと、各自で答えが出せなくとも考えるのは辞めちゃぁいかんと思うのです。 映画「ミツバチの羽音と地球の回転」 そして反対とか批判ではなく、自分はいくつかの代替案についてちゃんと知見を持ちたいと思う。 どんなドキュメンタリーだって記事だって、制作したひとの考えが反映されているのは当然。だからなるべく色んな角度から見て、自分なりに答えを見つけることが大事。 いまのところ、その答えは「デモ」ではない。 「デモ」は集団による意見の主張という意味のある行動であるとおもう。 あまり目を向けられていない社会問題を世の中に伝える場合には、デモが有効である。 でもね、原発の問題についてはこれまで幾度とデモは行われてきた。 ましてや今回の地震で、原発の問題性については誰しもが認識をしている。 いま必要なのは、冷静な情報収集と各自の具体的な代替案です。 世間や常識を変えるのは、国・政治・既存の大組織ではなく いつの時代もひょんなところから生まれてくるものだからです。 考えるのを辞めてはいけない。 ここまで断言的に書いたのも、 デモが終わったあと、原発事故状況の報道数が減っていったあとに 僕自身がこの問題と向きあうことを忘れないために という自戒の意味を込めています。 一時的に声高に叫ぶその想いは 冷めるのも意外と早いものだぞ、 と「デモ」に参加する人と、自分に、 いま強く警鐘を鳴らしておきたい。<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=295&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>ビリビリした日々を求めて</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Dec 2010 19:02:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
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		<description><![CDATA[最近日記をつけている。 せっかく文章がたまっているので、 思い入れのある一日があった場合はブログにも書こうと思う。 なので今日の一日を。 今日はノアと食事会だった。 彼はアメリカ人で、アメリカで新しいウェブサービスの仕事をしている。 今は仕事の関係で、僕の務めている会社に講義などをしに来ているのだ。 講義は技術的な事が多く、難しく、質問も出来なかった。 けれど食事会ではたまたまノアの隣に座ったため、僕は久々に英語を話そうとした。 ほとんど喋れていないけど、それでもちょっとだけ話せて良かった。 ノアはとても眠そうだった。それもそのはず、日本に来てから僕たちへの講義や仕事ばかりだ。 きっと今日の食事会もとても疲れたに違いない。 けれど、そんなノアの姿は、僕にはどうしても羨ましく思えた。 自分たちで作り上げたビジネスを、まったく知らない国でレクチャーし、その人達と交流できるなんて、こんな素晴らしい事はないと思う。 大学卒業時の旅行で、一日一日がビリビリと脳裏に焼き付けられていくあの感覚を、やっぱり「もう一度」「またいつか必ず」と心の何処かで思っていたのだ。 上司がこう言っていた。 「講義の内容をお前達に学んで欲しい、という気持ち以上に、世界にはノアのように仕事をし、生きていく人がいるんだという事を、強く感じ取って欲しい。」 普段はきつい言葉ばかり言うのだが、飲みの場やふとした瞬間にとても心に残る言葉を投げかけてくる上司なのである。 僕は、少なくとも、僕なりに今日の出来事を強く感じ取る事ができたと思う。 そしてすべき事はただひとつ。これをいかに自分の人生と繋げていくかだ。 最近はなんか周りのみんなが優しくて、あまり究極に凹む事がないけど、 きっとまた波は来る。ネガティブの波が押し寄せてくる。 そんな波に負けないくらい、強い自分になっていたいと思う。<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=289&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>「なんとなく」を打ち砕け〜い！</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Jun 2010 20:01:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[想念]]></category>

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		<description><![CDATA[Twitterを頻繁に使うようになるとBlogで云々かんぬん述べることも必要なくなりましたが、最近の色々思ったことをまとめます。ぐだぐだと。 簡単にまとめると、僕ももっと世界的な視点を持って生きていかなきゃいけないなー、という気づきについてです。 きっかけは3つ。 1つは、今日飲み屋でフィンランドの人と話したこと。 2つは、最近買ったiPadに対して「必要なくね？」とよく言われること。 3つは、下記のブログを読んだこと。 日本企業は「社内公用語＝英語」しないともう世界で生き残れない http://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/12e944b3494ce767ea7f03b7b7d051d9 ■自分の国を客観的に見れると、日常がもっと楽しくなるということ 今日はワールドカップの日本戦を観に、いつも良くして頂いてる酒場に行きました。 そこでフィンランドから日本に来ている女性の方と話しました。映画批評など記事を書いていらっしゃる方のようです。 なかなか日本語も通じず、英語で話してみてもしっくり来なかったので、ちゃんとしたコミュニケーションは取れていません。 でも、日本の文化のことをよーく知っていらっしゃって、地元フィンランドとの共通点や文化の話をして下さっている時の目の輝きがとても素敵だったのです。 「フィンランドにはー、サウナが有名。 前はー、大きなサウナにみんなで通うことがあったけどー、最近はアパートや各家庭にサウナが付いてるからー、行かなくなった。 日本の銭湯も一緒。その伝統を残そうと活動しているひとが居るわね。素晴らしいわ。」 と。 故郷から離れて他国にいると、あらゆるものが新鮮であるため、現地の人にとっては当たり前の日常も面白いものばかりで溢れているように感じられます。 そして改めて日本をふりかえると、同じように、退屈な毎日の風景もちょっと違って見えたりするのです。 そう、自国を客観的に見ることは、日常を楽しく過ごす上でも、とても大事なことなのです。 でも、日本にずっといるとなかなか気付きづらいのが現状。 気付きづらいが故に、「今ある物」をなんの疑いもなく信じてしまいます。 そしてそれが閉鎖的であるがために、なんとなく「退屈だなー」と感じたりするのです。 ■日本の産業も、客観的な視点の欠如でどんどん退屈になる 話が飛びますが、iPad・iPhone4たいそう話題になっていますね。 気付けば、Apple・Google・Twitter・Facebook・USTREAMと言ったアメリカの企業たちが、ネットやPC産業だけでなく家電・広告産業に進出し、金融流通(お金のあり方)・環境・コミュニケーション・音楽映画美術活字などの文化・政治やメディアを大きく変革してきています。 そしてその変革はアメリカ国内だけではなく、僕たちの日本やそれ以外の国にも及んでいます。 つくづく感じるのは、そういったあらゆる変革の波が「外国先導」であるということ。 そして後追いであるために、その変革に気付くのが遅い。 iPhoneもTwitterも、その面白さに僕たちが気付き始めたのはアメリカよりも2年以上遅れました。 iPadを使っていて、まわりから「必要ない」「使いづらそう」「中途半端」などと良く言われます。 でもそれは2年前にiPhoneを買った時も同様なことを言われました。 そして僕も3年前にTwitterのアカウントを作った時、何が面白いんだかさっぱり分かりませんでした。 面倒な動作や本当は要らない操作を当たり前のものだと思い込んでしまい、あたらしい操作・コミュニケーションを求められる機器やサービスに拒絶反応を起こす。 でもそんな拒絶反応を起こしている間に、あっという間に先駆者たちが新しい価値観を世の中に投入してきます。 これって色んな事柄に言えることだと思うのです。 ・広告って本当に必要？ ・個人と企業または個人と個人を結ぶ代理業って本当に必要？ ・メディアのフィルターを通した二次情報って必要？ ・携帯やネットなどを押し退いて大部分を占拠しているテレビの周波数って必要？ ・情報がただ整理されてるだけのカタログ的な企業サイトって必要？ 「なんとなく資本が集中しているから、なんとなく必要なもの」と捉えていても、本質的に不必要なものは時代の変革で一瞬にして姿を消します。 既得権益にしがみついていても、そんなもの簡単にひっくり返ります。 日本国内で完結していれば問題ありません。 でも今は、国外が既存の価値観を塗り替えているため、国内だけで考えていられません。 アメリカだけではありません。 日本がタッチパネル付きのノートパソコンを発表している中、韓国や台湾の企業はタブレットPCを次々と発表しています。 欧州は環境ビジネスを先行し、アフリカ諸国や中国は資源や生産力で本来獲得すべき資本を得始めています。 僕は楽観的に考えがちなので、「それでも日本は裕福だし、これからもきっとそうだよー」と思ってしまいます。 しかし日本はGDPこそ世界的に上位ですが、一人当たりのGDPを算出すると非常に少ない。 おまけに、国の借金を一人当たりで計算するとびっくりするような金額になる。 あたりまえに感じているこの「裕福さ」も、本質的には非常に不思議で不安定なものの上に築かれた幻想なのかもしれません。 サブプライムローンなどによる幻想の好景気のなかで踊らされていたアメリカ人のように、僕らのこの裕福な暮らしも、簡単にひっくり返る可能性は十分にあるのではないでしょうか。 ■視点を日本から世界へ。さらには業種も飛び越えろ！ そこで冒頭に書いたblogに目が止まったわけです。 [...]<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=278&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>線と光と水と言葉と　〜最近観た素敵な作品たち〜</title>
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		<pubDate>Tue, 04 May 2010 08:23:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
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		<description><![CDATA[最近観たものの中で、いいなーと思ったものについて綴ります。 ■セキスイハイム×加藤久仁生 http://www.sekisuiheim.com/heims40/ 「つみきのいえ」でアカデミー賞を受賞した加藤久仁生氏とセキスイハイムによるオリジナルアニメーション。 手で書かれた線の優しさがとてもよく伝わってくる。 宮崎駿の「世界は全部動いている」という言葉と同様、この人の作品も色の濃淡がコマ毎に変化していき、陽の光とか陰の涼しさを心地よく感じられる。 音楽も、そんな観ている者の気持ちをそっと盛り上げる。 優しいストリングスで構成されていて、本当に気持ちが良い。 いいものは、いいね。 ■Water Talk http://vimeo.com/10756110 水を使って文字を空中に表示するアート作品。 この映像は、「世界水の日」のために、NGO団体BDDPが作ったインスタレーションとのこと。 環境問題のこういったメッセージ自体は、色んな事象が矛盾していて一概に意見を述べづらい。 しかし矛盾していようが、なにかしらの問題意識を世の中に発信することは重要である。 そして、それを発信するにあたり人の興味を惹きつける手段が鍵を握る。 主題である「水」を実際に使ってメッセージを発信する。 観ている者はそれに触れながら、メッセージを受け取ることができる。 そういった意味で、このインスタレーションはとても面白いなーと思った。 ■きたやまおさむ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%B1%B1%E4%BF%AE フォーククルセターズをはじめ、数々の名歌詞を残してきた北山修。 「風」「戦争を知らない子供たち」「あの素晴しい愛をもう一度」など。 精神科医・教授という仕事を優先して、40年前から断固としてメディアには登場しなかった。 そんな彼が長年務めていた九州大学を退官するにあたり、さよならコンサートが開かれた。 その模様がNHKで放送されたのだ。 なんだかとても奔放な人柄で、ステージ上で人の話をぶった切っては「はっはっは」とよく笑う。 加藤和彦の事についても、訃報を聞いた時の自身のことを「悲嘆反応」という医学的な言葉を使って淡々と説明する。 つまりあまりロマンチックに言葉を発する人ではないのだ。 しかし、その加藤和彦のことを「生き方についてのライバル」だったと語り、彼へ向けた曲を坂崎幸之助と共に演奏する。 その歌には、 「ねぇ、おしえて。本当におまえは　自由になったのかい？」 「こんな気持は　歌でしか言えないね」 といった言葉が続く。 ああ、そういうことか。 誰しも会話の中では伝えきれないことがあるけど、だからこそこうやって別の方法で伝えようとしているんだな。 久々に公の場でマイクを握り締め歌う北山修を見て、 伝えることの大事さを再認識させられた。<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=258&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>房総半島ぐるり旅　〜眠気とジャスコの向こうに〜</title>
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		<pubDate>Sat, 01 May 2010 17:19:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[さて、久々に旅の日記ですから長いですよ。 房総半島をぐるっと一周してきました。 外房線・内房線に乗っての電車の旅。 出発は夜中の23時。 そう、あちらこちらで終電のアナウンスが響き始める、そんな時間での出発ですから、目的も計画もあったもんじゃありません。 夜の渋谷。 まだ行く先も決めていないまま、この街をぼーと眺めていたのですが、 いつものように、ほんとに賑やかです。 人がたくさんいて、楽しそうにしている人や忙しそうにしている人、 時にはものすごい形相で人を睨みつけている人から、今にも泣き出しそうな顔をしている人まで。 人ひとりひとりが持つドラマが、せわしい足音とともに僕の横を次から次へと通り過ぎていきます。 たまに発症する「ちょっと遠くに行きたい病」に後押しされ、 千葉方面の電車に乗り込みます。 がしかし、もちろん終電のお時間。蘇我駅に到着したところで、本日の電車はすべて終了。 さて、どうするか。 漫喫？ネカフェ？ファミレス？ そんなまさか。 「行けるとこまで歩く」です。 そうして真夜中の蘇我駅→鎌取駅の旅は始まりました。 直線距離は新宿→渋谷間の1.5倍くらい。まあ行けるだろうと。なんならその先の駅まで行ってやるぜと。 ところがそうは問屋が卸しません。 「真夜中」「知らない場所」「道がまっすぐじゃない」という壁は高かった。 思った以上に高かった笑。 満月の夜。踏切は本日お仕事終了。 でも凛々しい目つきで、線路を見守っております。 夜中の道っつうものは、やはり怖いですね。 線路沿いに歩いてるつもりでも、どんどん逸れていき、気付くと舗装されていない道だったりする。 「ここだけ工事中かなんかだろう」と思ってしばらく歩いていると行き止まり。 「ありゃ引き返さなきゃ」と振り返り、今まで向けていなかった方向へ目線を向けると、そこは墓地でした。 いかんいかん、と思って気を取り直して別の道を歩いても、高校の敷地内に入ってしまったり、老人ホームの庭に入っていたりして、てんやわんやでした。 でもなんとかそれらしい道をたどり、着々と駅に近づく中、大きな沼に出会いました。 大きな鯉のぼりが、沼の端から端までずらーーっと並んでいます。 これがまた、夜中の街灯＆沼の水面反射効果でなんという綺麗なこと。 道を間違えまくっても、こういう景色と出会えるとなんとも幸せで一杯になります。 そうそう、こういう沼とか田んぼのなかにカエルがいますよね。 これが「ゲロゲロ」というよりも「カラカラカラッ」て鳴くんです。 これを真っ暗闇の鬱蒼とした道で聞くと、「もののけ姫」の森でコダマ達に道を教えられている気分でした。 お蔭さまで道間違えたしね。（映画の中で「コダマ」は旅人を森の奥へ奥へと連れて行ってしまうと言い伝えられていた。） そんなこんなで鎌取駅に到着。 よかったよかった。かれこれ４時間弱歩き続けてました。 始発まではまだ時間がある。ということでベンチで仮眠しました。 こういう時に限って変な夢を見るものです。 この晩はノドボトケが落ちる夢をみました。 体内でノドボトケがミゾオチくらいまで落ちてしまう夢です。 面白いことに、その落ちたノドボトケを指で押し上げようとする度に、声の音程が変わる、という楽しくも気持ち悪い夢でした。 さーて朝です。仮眠30分も取っていない僕には、朝日が眩しすぎました。 どこもかしこも田んぼだらけ。 機械で植えられた田んぼは、苗（？）が整然と綺麗に並んでいるのですが、 上の写真のように手で植えられた田んぼの揺らいだ苗の線がなんとも愛らしかったです。 お米は大好きです。粒も残しません！（できるだけね） でももっともっと大事に味あわなきゃなー！と感じました。 本を読みながら、駅を降りては散歩をし、また別の駅へ向かい。 鴨川シーワールドに行くのでもないのに、「安房鴨川駅」で降りて、ジャスコで昼御飯をとる。 あーここでも思ったことがあるから書かなきゃ。 ジャスコはオジイちゃんオバアちゃんで溢れかえっておりました。 [...]<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=249&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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		<title>&#8220;iCon&#8221; 孤独で切り拓く時代？</title>
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		<pubDate>Wed, 31 Mar 2010 17:01:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuichirofuji</dc:creator>
				<category><![CDATA[想念]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[ついに今週末、米国でiPadが発売されます。 「電子書籍」というキーワードが色々な場所で賑わっていますが、そんな言葉に踊らされて最近急に本を読むようになりました。 だってせっかく活字メディアに変革が訪れようとしているのに、その変革を味わえないなんてもったいないじゃん？ それにしても世の中にはびっくりするほど沢山の本が溢れているんですね。 最近よく本屋さんに行くようになったのですが、毎週毎週新しい本が次々と積まれていく。 そして一冊読むと、そこから派生する分野の本をもう一冊、というようにどんどん次の本を読みたくなる。 こんな魅力があるとは、全く知りませんでした。 （いまさらですみません） いまは人の伝記が好きです。 先日のブログに写真だけ掲載した忌野清志郎の本や、ボブ・ディランの元恋人が書いた本など。 移りゆく時代の中で人がどういう思いを抱いてきたのか、ということを間近で感じられるような感覚がとても楽しいのです。 SteveJobsの半生について書かれた本も読みました。 いまやiPod・iPhone・iPadといった製品により、パソコンと人の関わり方を変革するだけでなく、音楽業界・映画業界・出版業界などあらゆるメディアをインターネットが普及した現代に適応させ、進むべき道を提示しているApple。 そのAppleを率いるSteveJobsの半生は、なんともドラマチックで非凡で、読んでいて全く飽きませんでした。また、仕事を通した自らのビジョンに対する意志の強さにはとても共感することが多かったです。 でもビジネス的なところより、僕の印象に強く残ったのは 時折垣間見せる心の弱さでした。 「僕はふつうの人間なんだ。みんな、どうしてわかってくれないんだろう」 自分が立ち上げたAppleという会社からSteve自身が追い出される直前、エプソンとの交渉で来日していた際に電車の中で漏らした言葉だそうです。 自分のプロジェクトが不振に陥り、同僚との関係も悪くなる一方、プライベートもなかなかうまくいかず。 もともと養子として育ったSteveは、自分の本当の親を知らず「自分とは何者なのか」という自問を繰り返す末に、禅宗に傾倒してインドへ放浪の旅をしていたこともあるそうです。 歴史に名を刻むような人物は、明確な意志と追従を許さない行動力がある一方で、とても繊細な部分も持ち合わせていることが多いような気がします。 そういう陰の部分にこそ、僕はとてつもないエネルギーを感じるのです。 孤独に陥っている人にこそ、それをバネにして人一倍飛躍する可能性があると思うのです。 スティーブとは、信念と猪突猛進も人である。 だからこそ、慎重な人ならさけることをしてはひどい目にあうのだが、同時に、信念と猪突猛進の人だからこそ、慎重な人がみんないなくなったあとも、ひとりのこって時代を切り拓くことができるのだ。 時代を切り拓くってのは、ある意味孤独との闘いなんだな。 先日行われてたSoftbank孫正義の講演も、「時代を切り拓く」ということに対してとても思いが込められたスピーチで心が震えた。 http://kokumaijp.blog70.fc2.com/blog-entry-40.html<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=fujishiro.wordpress.com&amp;blog=2184038&amp;post=246&amp;subd=fujishiro&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
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