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「ボクナリスト」というサイトを始めました。 2011/11/01

Posted by yuichirofuji in 想念.
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なにか頭のなかでずっとモヤモヤさせてたものを、形にしようとすることがこんなにも辛いものだとは、想像すらしませんでした。しかしようやく形になりました。

形に出来たことを期に、そのモヤモヤ考えてきた軌跡をつらつらと書かせていただきます。

かつて僕は、あまり深く人と向き合おうとしていなかった、という自責の念があります。

たとえば家族。
うちは父方の祖父と祖母が別居していて、祖父とは同じ屋根の下で暮らしたことはありません。
そんなことも別にどうとも思わないくらい、親は平和な家庭を築いてくれ、僕はぬくぬくと育ってきました。

しかし僕も大人になり、一人暮らしを始めた3年前。家の側に、その祖父の家があるのを発見したのです。
その祖父の家には実際には誰も住んでおらず、でもたまにその家の前にたまたま居た祖父とばったり出くわしたりしました。
どこか余所余所しい感じは否めないですが元気に挨拶したりしているうちに、僕はどんどん祖父のことが気になり始めたのです。

おじいちゃんはいったい、どんな人生を歩んできたのだろう。

そんな思いが募ったとき、僕は祖父に「インタビューをさせて欲しい」といった手紙を書きました。
切手も貼らずに、直接郵便受けに入れて、祖父から返事が来るのを待とうと。
なにか新しいことが起きそうだ!とワクワクしていました。

その二日後に、母方の祖母が家で一人で亡くなっているのが発見されました。
今年の1月のことです。

どこか僕は、日常がずっと続くものだと勘違いしています。
しかし時は確実に経ていき、失われるものは失われるのです。

祖母が亡くなる前の1年間で、僕が祖母と会話をしたのは、
きっと一時間にもならないんじゃないかと思います。

僕は、人とちゃんと向き合って生きているのだろうか。
ただただ過ぎ去る時間と人に翻弄されて、大事なものを見失ってないだろうか。

そんなことを考えることが多くなりました。

結局は、完璧に時間を作り、身の回りの人やものを大事にして生きることは、不器用な僕にはできっこないなと、うっすら分かり始めていたのですが、
それでも、少しでも物事を大事に捉えたい、という気持ちが日に日に強くなりました。

そんななかで起きた3月11日、東日本大震災。
ものすごい数値の死者数を前に、僕はあまりに自分が人の命のことを有象無象に捉えていることが嫌になり、実際に東北へ行って起きていることをリアルに感じてこなければ、と思いました。

そして3度ボランティアとして石巻やいわき市へ赴きました。

今思うと、この行動が少しだけ僕を変えさせてくれたのだと思います。
頭で色々うだうだ考えてないで、行動を起こせば何かが変わっていくし、間違っていれば動きながら軌道修正すれば良いんだ、ということです。

そこから一気に、モヤモヤ考えていた「人とちゃんと向き合えているだろうか」という問いに答える「何か」を形にしようと思い始めました。

ちょうどその頃に、友人のブログにこんな言葉がありました。

若い頃の自分とは違って、ある程度ちゃんと自分の好きなものが選べるようになってきた今だからこそ、
やらなければならないことがあると思う。

そう、もう気持ちは決まっていたのです。あとは行動のみ。

それから一気に、人と向き合うことを大事にしたメッセージ性のあるものを制作しようと構想を続けました。
それは、祖父へ何気なくお願いした「インタビューさせて欲しい」へ帰着しました。

身近な人にインタビューをして、その人たちの面白さや美しさや格好良さを文字として表現する。
そんな活動を、色んな人がやり始めたら面白いんじゃないか。
人と人が、予定を合わせて、膝を突き合わせ、時間をかけて用意した質問をもとに、どこかぎこちない空気の中一生懸命相手を知ろうとする。

そんな、日常に「インタビュー」という歪なコミュニケーションを取り込んでみようと訴えるサイトを、10月30日公開しました。

人ひとりひとりの生き方があることを象徴したくて、
その人なりの生き方を全うしている方々を指し示す造語
ボクナリスト」という名前のサイトです。

だらだらと書いてしまいましたが、
何故自分がこれをやっているのかというおさらいを勝手にしていました。

インタビュー記事第一回目は、吉祥寺に住み始めて出会ったダンサー陽茂弥さんです。

まだまだコンテンツの量は少ないですが、
すこしずつ色んな方向へ活動を展開していけたら楽しいかな、と思っています。

本当に長くなりましたが、
是非お時間があればたまに覗きにきてください。

ボクナリスト」。よろしくお願いいたします。

http://bokunarist.com/

なんてことない夢のおはなし 2011/06/09

Posted by yuichirofuji in 想念.
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ゲームセンターで遊んでいるだけだった。
目の前には大きな画面。
暗い洞窟で、どこからいつ飛び出るかも分からない敵に怯えながら、先に進んでいく。

ゲームが苦手なボクに、こんなゲームが出来るわけが無いのだ。

狭く閉じられたゲームボックスの中で遊ぶのが怖くてたまらなく、
ボクはボックスから出た。

ボックスの外からゲームの画面を見ると、
なんてことはない
さっきあんな怖かった世界が、
ひとつの画面のなかで作り出されているだけなのである。

「なーんだ、やっぱりなー。なーんだ。なーんだ。」
ボクの体は宙を浮かび、ゆっくりと、鯨が泳ぐように空中を漂った。

ゲームセンターにいたはずなのだが、
漂っているうちに誰かの家の中に迷い込んだようだった。

これは夢だ、と気づきながら、ゆっくりと夢の世界を漂う。

家の中を漂っていると、螺旋状で木の板で作られた階段が目の前に現れる。
家族が右から登ってきたので、なぜか慌てて階段の板の下につかまり隠れようとする。

階段の板につかまると、まるでダリの絵のように
木の板がボクの体重でビローンと伸びて垂れた。

慌てて板を掴むのを止め、
空中を漂いながらこっそり家族の顔を覗く。

お父さんの顔は、はじめのっぺらぼうだった。
のっぺらぼうであることは、ボクも分かっていた。

「そうそう、こんな眼をしていて、こんな鼻で、こんな口だ」
そんな事を思い描くと、のっぺらぼうのお父さんの顔に
いつもの顔が浮き上がってくる。

木の螺旋の階段を、
お父さんの後ろに、お母さんとお姉ちゃんがついてくる。
みんなボクと言葉を交わさないし、
ボクがここにいることに気づいていない。
ボクがここで空中に漂っていることに気づいていない。

みんなを追いかけて外に出ても、
みんなは下を見ながら、涙を流すばかりなのだ。

待ってほしくても、どんどん家族はゲートの方へ歩いて行ってしまう。

ゲートの前で堪らず、
お父さんの肩を掴んで、引き返そうとすると
お父さんは泣きそうな顔をして
「ありがとう。もういいんだよ。大丈夫。」
と優しい顔を取り戻そうとして、笑顔を作った。

「大丈夫。もういいよ。そう、あの饅頭おいしかった。」
そういうと、本当の笑顔が現れて、ボクはホッとした。
ホッとしたら、ボクにも笑顔が戻った。

二人に笑顔が戻ったら、
いまだ、というタイミングでお父さんは
背を向けて帰っていってしまう。

なにを言っても喚いても、ボクの声は誰にも届かず。
その場所から、家族が帰っていく世界に
ボクだけは漂っていくことが出来ない。

涙が止まらないまま、
鯨が大きな海を潜り抜けるように振り返って、
ボクは今きた道へ引き返していった。

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という、なんとも意味不明な夢を見ました。
この30分程度の間に。
なんか久々に夢を鮮明に覚えていたので、
嬉しくて書き連ねてしまいました。

でも、なんか、これ病んでるみたいだよなぁ。
ヒトの脳みそって不思議でござんす。

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